伊豆の美食家   

「肝臓先生」 坂口安吾

流行性肝炎を患う伊豆の人々。
診る人診る人、肝炎である。
そして、町の人からつけられたあだ名が「肝臓先生」
肝臓先生は、その謎を解明する為に、日夜翻弄する。
驚いた事に、肝炎を患っているのは、日本国全体のことであることを突き止めるのだが・・・
肝臓先生の想い、その行きつく先は、、、、

では、本題。食の角度から見てみることにしまーす!
肝臓先生の人生も、また魅力的ですが、
後は本を読むなり、映画を見るなりして下さい☆

 
冒頭、伊豆の漁師の描写があるのですが、抜き出してみると・・・


「海水でといだ御飯が陸上のそれとくらべものにならないほど美味であること・・・
釣りたての生きた魚には・・・かみしめる内に甘さがこもり、
人にたべてもろうための心尽くしの数々がこもっている事を知って満足するのである。
彼らは帝国ホテルのフランス料理にあこがれない。
彼らの日常の食事が、それよりも豊富な妙味に溢れていることを
発見し、確認しているからである。」

「彼らほどガンメイ固陋な美食家はいないのだ。いわし鯨がイワシだけを追っかけ、
甚平ザメがマグロを専門に食うのと同じようなものだ。一言で云えば、彼らは、
どこまでも、利巧で、温和で、心の正しい魚にほかならないのである。」


う~~ん、美味い。
いや、上手い。
また、こんな表現もある。


「漁師というものは、実にあたたかくて、親切なものだ。
・・・・挨拶は全然やらない。・・・ゼンゼン喋らないのである。
どんな親しい間柄でも、黙って往来する。頭も下げない。
彼らは魚に同化し、ムダな事は喋らなくなっているらしい。
魚が挨拶したら、おかしなものだ。・・・・」

「彼らはただガムシャラに魚を追う。
ひねもす、魚を追う。
それが彼らの一生だ。」


要するに、魚たちが「魚族」であるように、漁師は「人間族」であるだけのことらしい。

・・・・だから?(--;
そう、このままでは、「肝臓先生」に繋がらない。

彼らがガンメイ固陋の美食家であり、人間族である事は、
つまり偏食であることを意味する。
漁師町でも沢山の医薬が必要となる。

よって、この肝臓先生が伊豆の漁師町で一躍人気者になる訳なのだが、、、、
後は読んでからのお楽しみ。
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by syokuseikatsu | 2005-02-14 10:40 | 食ナ本

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